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山梨が生んだ漂白の歌人「山崎方代(やまざきほうだい)」

投稿日時:2012/08/20(月) 18:08rss

 「人々が幸せになるブランドをプロデュースする」クエストリーの櫻田です。
 
山梨の実家にお盆で帰省したときに、弟夫婦といっしょに富士本栖湖に行きました。
車で移動中にふと見ると「右左口(うばぐち)」という標識が目に入りました。

「右左口」?・・・記憶の奥にその名前が残っていました。しばらくして「ああそうか」と思い出しました。
 
「右左口」は山梨県出身の歌人「山崎方代(やまざきほうだい)」の出身地です。
「山崎方代をご存知の方は多くはないと思いますが、
「山頭火」、「尾崎放哉」につながる漂白の歌人です。



 

「山崎方代」は1914年(大正3年に)に山梨県東八代郡右左口村(現甲府市)の貧農に生まれました。
8人兄弟姉妹の末っ子に生まれた「方代」の名前は、
長女と五女以外の子供を亡くした両親が「生き放題、死に放題」という思いから付けたものだそうです。
 
尋常小学校を卒業した「方代」は家業の手伝いながら、
その頃村で盛んだった俳句と短歌に魅かれ、自分でも歌を作り始めます。

1941年(昭和16年)に召集され、翌年チモール島クーパンの戦闘で砲弾の破片を浴びて
右眼は失明、左眼も視力0.01になってしまいました。
 
1946年(昭和21年)に病院船で復員。
「砲弾の破片のうずくこめかみに土瓶の尻をのせて冷せり」と読んだ「方代」は、
「兵隊にとられ、戦争に引っぱっていかれた七年の間に心の底から笑ったことはただの一度もなかった。
軍隊生活は地獄の苦しみだ」と記しています。
 
病院での治療を終えた「方代」は、傷痍軍人の職業訓練で習った靴の修理をして
各地を放浪しながら創作活動を続けました。

定職を持たない放浪の身でありながらも歌誌に投稿し続け、
1955年(昭和30年)に41歳にして念願の第一歌集「方代」を自費出版します。
 
しかし、歌壇の反応はまったくありませんでした。

1965年(昭和40年)、ただ一人の肉親であった姉の「くま」が死去。
天涯孤独の身となった「方代」はアパートの留守番や農作業の手伝いをして
糊口を得ながら、貧困の中で創作活動を続けました。
 
やがて、1973年(昭和47年)に鶴岡八幡宮前にある鎌倉飯店の店主が、
鎌倉市手広の自宅に六畳一間の家を建て「方代」を迎え入れます。

ようやく安住の地を得た「方代」はここを「方代艸庵(そうあん)」名づけ、
ここを生涯の住処として創作活動を続けました。

1975年(昭和49年)9月号掲載「めし」で第一回短歌愛読者賞受賞し、
1978年(昭和52年)に歌集「右左口」を刊行。
これにより60歳を過ぎてようやく「方代」の歌は世に知られるようになったのです。
 
1985年(昭和60年)8月19日、肺がんによる心不全のため死去。71歳の人生でした。

特定の結社に属さず、身近な題材を口語短歌で詠んだ作品は
どれも素直でわかりやすいのですが、深い悲しみに満ちています。

いくつか個人的に心に残る「山崎方代」の作品をご紹介いたします。


人生を覗いてみると面白い死んでしまえばそれっきりなり

片付けておかねばならぬそれもまたみんな忘れて呑んでしもうた

地上より消えゆくときも人間は暗き秘密を一つ持つべし

丘の上を白いちょうちょうが何かしら手渡すために越えてゆきたり

一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております

茶碗の底に梅干しの種二つ並びおるああこれが愛と云うものだ

私が死んでしまえばわたくしの心の父はどうなるのだろう

こんなところに釘が一本打たれていていじればほとりと落ちてしもうた 

なるようになってしもうたようであるが穴がせまくて引き返せない

ふるさとの右左口郷は骨壺の底にゆられてわがかえる村

 

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1955年生まれ、自然豊かな山梨県南アルプス市で育つ。高校卒業後、大学に進むが、学業には目を向けず、芝居に夢中になる日々を過ごす。大学卒業後、広告・マーケティング会社に入社。5年区切りで、コピーライティング、広告プランニング、マーケティング、店舗開発、マネージメント指導などの業務を経験する。2...

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