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2013年04月30日(火)更新

​迷ったら「自然か、不自然か」で決める

「小さくても光り輝くブランド」をプロデュースしているクエストリーの櫻田です。

 



どう判断したらいいのかわからなくなるときってないですか?

とくに経営者にとっては毎日が判断の連続です。
判断によって生まれるリスクを考えると​悩んでしまうことってありますよね。
 
そんなときはシンプルに考えることが大事。
物事がこんがらがって解決するのは難しいと思うときほどそう思います。

でも、シンプルってなんだろうね。
 

物事の判断基準にはいろいろあります。
例えば、「損か、得か」、「儲かるか、儲からないか」、
「いいか、悪いか」、「好きか、嫌いか」

これらを組み合わせて判断を下しています。
 
それでも判断に迷うことってありますよね。
例えば、組み合わせによって複数の判断条件が生まれます。

「好きじゃないけど儲かる話」「いいことだけど損なこと」「悪いことだけど得する案件」・・・。
 

結局あれこれ悩むか、それとも「まあいいか」という諦めになってしまいます。
そんなときに僕が大事にしている判断基準があります。
ずいぶん前にある方から教わったことです。
 

それは「自然か、不自然か」、言い方を変えると「気持ちいいか、気もち悪いか」
「えっ、そんなこと」って思ったでしょう。

でもこれはかなり高度な判断基準だと思っています。
 
どんなに得なことで、儲かる話で、いいことで、好きなことでも
「不自然」だったらやらない。

嫌いなことだけど「自然」と思うならやってみる。
そんな風に考えています。
 
自然かどうかの見極めはどうするかと言いますと、「気持ちいいかどうか」。

理屈ではなく、いままでの経験でしか語れませんが、
これって案外簡単で、しかも的確だと思っています。
 

2013年04月24日(水)更新

くらしのこよみ・・・七十二の季節と旬を楽しむ歳時記

「小さくても光り輝くブランド」をプロデュースしているクエストリーの櫻田です。

 
「ほぼ日刊イトイ新聞」という糸井重里さんがやっているサイトが好きでよく見ます。

そのなかで最近気に入っているのが、
「くらしのこよみ・・・七十二の季節と旬を楽しむ歳時記」と言うコーナー。
http://www.1101.com/kurashinokoyomi/2013-04-21.html
 

日本には春夏秋冬という「四季」、立春や夏至や大寒などの「二四節季」があります。
これをさらに見細かく分けたのが「七十二候」です。

「七十二候」という言葉は知っていましたが、このサイトであらためて詳しく学びました。
 
「七十二候」は、この「二十四節季」の一つの節気をさらに3つ(初候・次候・末候)に分けたものです。
365日÷72ということは5日に一度季節がめぐってくることになります。

こういう感覚を持っていた日本人ってすごいと思いませんか。
 
ちなみにいまはどんな季節かというと、サイトで知ったのですが、
四季で言うと「春」、二十四節季では「穀雨」(穀物に実りをもたらす雨が降り注ぐ)、
そして「七十二候」は「葭始生(あしはじめてしょうず」(葦の若芽が芽吹く頃)です。


 
4月21日から25日までが「葭始生」の季節であり、
26日からはまた新しい季節が始まるわけです。

こう考えると、なんか気持ちが豊かになったように気がしませんか?
5日ごとに変わる日本の季節を楽しみましょう。
 
そして、同時に最近の天候を見ると、現実には「七十二候」がなくなりつつあるようにも感じます。
変化のある日本の美しい自然とそれを感じ取る日本人の感性を
大切にしなければとあらためて思いますね。
 

2013年04月23日(火)更新

首っ丈にならなければ、首っ丈にはなってもらえない

「小さくても光り輝くブランド」をプロデュースしているクエストリーの櫻田です。
 

今日の東京はわりかし穏やかな天気の一日でした。
夕暮れも間近、ビールでも飲みたい気分です。


「首っ丈」のことを書こうとして思い出したんだけど、
高校生のときに読んだ片岡義男の小説に「ボビーに首ったけ」というのがあったなあ。



さて、本題。この「首っ丈」って言葉って最近ではあんまり使わないけど、
ブランドのファンにはこの言葉が相応しいと思っています。

言うなれば、「首っ丈」は、「ぞっこんでめろめろに惚れ込んでいる」ことです。

 
そういえば、「ぞっこん」も若い人はあまり使わないなあ。
「ぞっこん」って漢字では「底根」を当てることがあるみたい。

「心の底から、根っこから」ということなんだろうね。日本語ってすごくおもしろい。
 

そうそう、「首っ丈」の話でした。

「首っ丈=首丈」の語源は足元から首までの高さのことをいい、
首までどっぷりとはまりこんで夢中になることを指す意味です。

異性に夢中になるという意味で使われ出したのはわりかし新しいようです。

 
ここまで書いたらピンと来るかもしれませんね。

そうです。ブランドには熱烈なファンがいます。ファンづくりは熱烈ということが一番の肝です。

並みのファンじゃなくて、好きで好きでたまらない、
いうなれば熱狂的といってもいいかもしれない。

下の画像のニャンコたちみたいにね。



 ところで、「首っ丈」のファンを作り、維持することが
結果的に安定した業績につながるのは当たり前のことだけど、
どうしたら「首っ丈」になってもらえるんでしょうかね。

僕はいつもこう思っています。
「まずはあなたがお客様に首っ丈になってください」。
 

恋愛でも同じだけど、好きになってもらうには、まずこちらが好きになること。
ちょっとカッチョよく言うと「愛されるよりも愛すること」です。


ファンの基本は相思相愛です。あなたもめろめろ、相手もぞっこん、これがファンづくりです。
 

そういう意味では、お客様がお金に見える経営者のところには
お客様はいるけどファンは少ないように思えます。

購入チャネルが以前よりも圧倒的に増えたいま、どうしてもそこで買う必要はないし、
他にもっといいところがあれば、簡単に乗り換えることができるからですからね。

価格の競争を見ればわかるはずなんだけど、これがわからない経営者が多いんだなあ。



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2013年04月22日(月)更新

「心棒」は「辛抱」の元

「小さくても光り輝くブランド」をプロデュースしているクエストリーの櫻田です。
 

3月下旬に出版した「小さくても光り輝くブランド」で、
ブランディング事例のひとつとして「ちゃんこ巴潟」(東京都墨田区)を取り上げました。

ここのちゃんこ鍋は4種類あるのですが、どれもおいしい。とくに塩ちゃんこは絶品です。


 
その巴潟の社長であり、女将の工藤みよ子さんから
出版パーティの数日後にうれしい手紙をいただきました。
過分なお褒めの言葉もいただき、少し恐縮しています。

手紙をブログに掲載することのご了承をいただきましたので、写真を載せます。
 


巴潟さんはいまもブランディグのお手伝いをさせていただいているのですが、
2年前に半年以上の時間をかけてミッションづくりに取り組みました。

工藤社長はそのミッションが出来上がり、社員に向けて発表する会で
ミッションのことを「心棒」と表現したのです。
 
そして、少しニュアンスは違うかも知れませんが、
工藤社長は発表会で「心棒があるから辛抱できる」といった内容のお話しをされました。
 

僕もこの「心棒」という言葉が気に入り、本の中でも巴潟さんの紹介の見出しに
「3代目を継いだ時に決意した新しい心棒づくり」と書かせていただきました。
 

ところで「心棒」とは何でしょうか。
調べてみますと、「車輪・こまなど、回転する物の中心となる棒」のことだそうです。

他にも、集団やその活動の中心になるものという意味もあります。
「一家の心棒」なんて言いますからね。
 

巴潟さんだけではなく、すべての会社や店には「心棒」が必要です。

僕も会社を経営をしていていつも感じるのは、先のことは誰にもわからないということ。
予想もしない思わぬことも起きれば、
ぎゃあと思わず声を上げたくなるような場面もあります。
 

でも、心棒があればちょっとやそっとでは経営は崩れません。
社員も軸があると少々の波風でもついてきてくれます。

つまり、心棒があるから「辛抱」できるです。


そんなことを再確認させてくれた工藤社長からの手紙でした。
工藤社長、ありがとうございました。

2013年04月21日(日)更新

キャンディーズのスーちゃんのこと


「小さくても光り輝くブランド」をプロデュースしているクエストリーの櫻田です。


 


日曜日の午後、本を読むのに飽きてテレビを見ていたら
NHKでキャンディーズのスーちゃんこと、田中好子さんの追悼番組を放送していました。

スーちゃんは2011年の今日4月21日に亡くなりました。
そういえば、電車の中吊りで最近スーちゃんのことが
話題になっていたことを思い出しました。
 

ずっと年下だと思っていたら、1956年4月8日生まれですから
僕と誕生日が8ヶ月しか違わないことに驚きました。

僕の高校時代の友人が北千住に住んでいたときの話をすると、
必ず近くに実家があったスーちゃんの話になりますが、
実家は釣具屋さんを営んでいたようです。

 
正直言ってキャンディーズは青春の思い出というには少し時間差があるように感じていました。
実際には彼女たちよりももう少し下の世代の方がリアルに感じていたのではないかと思います。

それにしてもキャンディーズの人気はすごかった。
単なるアイドルと呼ぶにはちょっと抵抗を感じるくらいひとつの時代をつくったグループです。

 
そのキャンディーズも1978年に解散しました(僕が就職した翌年かあ)。
スーちゃんはその後女優に転進し、「黒い雨」(監督:今村昌平)で数々の上を受賞し、
本格的に女優の道を歩むこととなります。

放送ではNHK連続テレビ小説の「ちゅらさん」の出演シーンも紹介されていました。

 
1992年に乳がんが見つかり、治療と再発を繰り返し、密かに闘病生活を送っていましたが、
2011年に懸命な治療の甲斐もなく、55歳という若さでこの世を去りました。

放送では、亡くなる1ヶ月ほど前の肉声も流されましたが、その言葉を聞いていると涙が出ました。
 
放送では一部でしたが、全文は次の通りです。
弱々しい声ですが、はっきりとした最期のメッセージです。

東日本大震災から2週間経ったときですので、そのことに触れていることが余計胸に響きます。

 
こんにちは、田中好子です。
きょうは3月29日、東日本大震災から2週間経ちました。
被災された皆様のことを思うと心が破裂するような、破裂するように痛み、
ただただ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。


私も一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。
でもその時は必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。
それが私のつとめと思っています。

今日お集まりいただいたみなさまにお礼を伝えたくて、このテープを託します。
キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。
幸せな、幸せな人生でした。心の底から感謝しています。

特に蘭さん、美樹さんありがとう。2人が大好きでした。
映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。
もっともっと女優を続けたかった。

お礼の言葉をいつまでもいつまでもみなさまに伝えたいのですが、息苦しくなってきました。
いつの日か、妹・夏目雅子のように、支えて下さった皆様に、
社会に、少しでも恩返しできるように復活したいと思っています。


かずさんよろしくね。その日までさようなら。

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